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京都地方裁判所 昭和28年(行)19号 判決

原告 宝ケ池短艇株式会社

被告 京都市長

主文

原告の訴はこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が訴外宝ケ池観光株式会社に対し、昭和二十八年八月二十二日付でなした同月二十一日から同年十一月三十日迄の期間京都市左京区松ケ崎宝ケ池水面に船艇を浮遊するための使用許可処分はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として

一、原告は昭和二十五年六月三日京都市の公用財産である同市左京区松ケ崎宝ケ池水面を使用してボートの賃貸等の事業を営むことを目的として設立された株式会社であつて、被告から同年八月十六日付を以て同月十日から昭和二十六年八月九日迄の間右宝ケ池水面のうちじゆん菜保護区域を除く部分をその全域に亘つて船艇を浮遊するために使用する許可を得、右水面を使用して所期の事業を営み、爾来いずれも原告の願出に基き被告から、昭和二十七年二月二十六日付を以て昭和二十六年八月十日より昭和二十七年八月九日迄、昭和二十八年十月八日付を以て昭和二十七年八月十日より昭和二十八年十一月三十日迄、昭和二十九年以降は同年五月二十一日付、昭和三十年三月十七日付、昭和三十一年六月二十二日付及び昭和三十二年四月十二日付を以ていずれも右各年度の三月十五日より同十一月三十日迄の各期間、それぞれその使用期間の更新により継続使用の許可を得て現在に至つている。

二、然るに被告は更に訴外宝ケ池観光株式会社に対し昭和二十八年八月二十二日付を以て同月二十三日から同年十一月三十日迄の期間、前記同一水面を原告と同様の目的の為に使用する許可(以下これを本件許可処分と称する)を与え、爾来右訴外会社は右水面に於て原告と同様にその事業を営むに至り、その後被告は右訴外会社の願出に基き昭和二十九年五月十日付、昭和三十年三月十七日付、昭和三十一年六月十二日付及び昭和三十二年四月十二日付を以ていずれも同年度の三月十五日から同十一月三十日迄の各期間、それぞれ右訴外会社に対し使用期間の更新により右水面の継続使用を許可した。

三、然し乍ら被告が右訴外会社に対してなした本件許可処分は以下の理由によつて違法である。即ち、宝ケ池に船艇を浮遊する事業は元来京都市と日本平和郷宝ケ池公園建設協力会との間に昭和二十三年十二月二十日付を以て締結された宝ケ池公園建設事業に関する契約の趣旨に基き、民間資本による経営に委ねられた同公園施設の一部として計画されたものであつて、原告会社が設立されて前記目的事業を営むに至つたもの、当時右公園建設の途上にあつた京都市の要請に応えその諒解並びに援助、指導のもとに右建設に協力貢献する趣旨に出たものであつた。かかる経緯に鑑み、被告は当初原告に対して前記水面の使用を許可するに当つて、原告に対し将来専ら原告のみにおいてこれを継続して独占的に使用し得る権利を設定した(この権利の設定は京都市財産及び営造物取締条令第四条に所謂私権の設定に該当しないから法規上も可能である)のであつて、被告がその後に至つて恣意的且一方的に右許可の内容を変更することは、特段の事由がない限り許されないのである。然るに被告は格別公共の必要があつた訳でもないのに前記訴外会社に対して原告と同様の使用目的に供するため前記の通り同一水面の使用を許可したものであつて、これにより原告の前記使用権は当然その内容において著しい制約を受けるに至つたのであるから、被告の訴外会社に対する本件許可処分並びにこれに引続く前記各使用許可は原告の右独占的使用権を侵害するものというべきである。

仮に原告の有する右使用権が独占的使用権ではないとしても、被告が一旦原告に使用の許可を与えながら後日更に同一水面において同一内容の事業を目的とする他の者に対して同様許可をなすに際しては、その許可によつて事業者双互間に無用の競争を生ぜしめ乃至はその事業の経営を困難且つ不合理ならしめ、ひいて設備の低下等好ましくない結果を生ずる虞が有るか否か等について慎重に審査すべきであるに拘らず被告はこれらの点について何ら考虞することもなく右訴外会社に対し漫然本件許可を与えたものであつて、これがため原告はその公益的な目的事業の遂行を著しく阻害され経営上致命的な困難を招来するに至つており、この点よりするも被告の右訴外会社に対する本件許可処分は原告の前記使用権を侵害する違法のものであるといわなければならない。

四、そこで原告は昭和二十八年九月十日被告に対し本件許可処分について異議の申立をしたのであるが、被告はこれに対し何らの決定をもしないままに右訴外会社に対し前記の通り逐年本件水面の使用を許可したので、原告は被告に対し被告が右訴外会社に対してなした前記昭和二十九年五月十日付許可処分については同年十二月二十七日、昭和三十年三月十七日付許可処分については同年四月三十日、昭和三十一年六月十二日付許可処分については同年七月十八日、昭和三十二年四月十二日付許可処分については同月二十五日それぞれ異議を申立てたけれども、被告はこれに対し順次昭和二十九年十二月二日付、昭和三十年五月二十七日付、昭和三十一年八月十一日付及び昭和三十二年五月二十一日付を以ていずれも右異議申立を棄却する旨決定し右各決定書は各決定の同日(昭和三十一年の分は同年八月十四日)それぞれ原告に送達された。

五、尚、被告の訴外会社に対する前記各使用許可はそれぞれ期間を定めてあるけれどもいずれもその終期の到来によつて当然消滅するものではない。即ち、原告も訴外会社も共に宝ケ池水面に船艇を浮游しこれを賃貸することを目的とする会社であつていずれもその目的事業自体が長期間の縦続を予定するものであるのみならず、右事業の遂行には相当の資本と設備とを必要とし申請人が将来長期に亘つて該事業を営む意図を有していることが明らかであるから、両者に対する使用許可処分は単に所定期間内の一回限りのものではなく継続的な性質を有する行政処分である。而して一般に行政機関が公用財産等につき期間を定めてその使用を許可した場合、その許可の内容が本来継続的な性質を有するものについては期間満了に伴い引続き使用等の許可の申請があるときは、期間満了後であつても該行政機関がこの申請を拒否するまでは右許可はなお効力を失わないとする行政慣例があつたのであつて、被告は右慣例に従つて原告及び訴外会社に対し前記各使用許可を与えてきたのであるから、これら各許可処分は各使用期間の満了後も依然その効力を失つてはいないのである。而して被告が原告及び訴外会社に対してなした各第一回の許可処分は継続的な性質の基本的な使用許可であつて、それ以後に右両者からそれぞれ期間を満了に伴い被告に対してなした継続使用許可の願出はその性質上使用期間更新の願出に該当し、これに対して被告のした前記各許可処分は実質上前記各第一回の許可処分に対する期間更新の行政処分に外ならない。従つて右訴外会社に対する第一回の許可処分たる本件許可処分は爾後右会社に対してなされた前記各許可処分の基礎として現在なおその効力を持続しているのである。よつて前記の違法を理由として本件許可処分の取消を求める。

と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、本案前の申立として、原告の訴を却下する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その理由として

原告は本件許可処分に対し昭和二十八年九月十日付を以て被告に対し一旦異議の申立をしたけれども、被告が同年度の原告に対する宝ケ池使用許可に際して原告に示した右許可は願出人たる原告に対し宝ケ池の独占使用を許可したものではないとの条項について、同月二十一日に至つて同月十日付書面で「昭和二十八年八月四日御市より当会社に対して提示されました宝ケ池水面使用許可条件はこれを遵守致しますから願出通右水面使用の御許可願います」との請書を提出し右条項を承認したのであつて、右文言の趣旨は訴外会社に対する本件許可処分について異議を申述べないというにあるのであるから、原告は右請書の提出によつて前記異議申立を撤回したことになり従つて前記異議申立は当初からなされなかつたと同様に帰し原告の本件訴は訴願前置の要件を充たさないことになる。

又原告及び訴外会社の本件水面使用権は各使用許可に付された終期の到来によつていずれも消滅したものであるから原告はその消滅によりもはや本訴を維持する資格を有せず、而も訴外会社の使用権の消滅によりその使用許可処分も効力を失い取消の対象となる行政処分が存在しないから、いずれにせよ本訴は不適法として却下されるべきである。

と述べ、本案について、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として

一、原告主張の事実一、二、中被告が原告及び訴外会社に対してなした各宝ケ池水面使用許可処分がその継続使用を許可したものであるとの点及び同三、五、の各事実はいずれも否認するがその余の事実は認める。

二、本件許可処分がその終期の到来によつて効力を失つたものであることは前記の通りであるが、仮にそうでないとしても被告が原告に対してなした宝ケ池の使用許合処分はいずれも原告のため同水面の独占的使用権を設定したものではない。即ち被告は原告に対し京都市財産及び営造物取締条例第四条但書及び第九条第一項第五号の規定に基き右水面の使用許可を与えたものであるが、右第四条の規定の趣旨からみるならば公用財産に対する独占的使用権の設定も禁じられているものと解すべきであるから、被告は何人に対しても原告主張の如き継続的な独占的使用権を設定することは許されないところであるのみならず、原告は前記の通り右水面の独占的使用を許されたものでないことを承認しているのであつて、被告は昭和二十八年十月八日及びそれ以降の各使用許可に際しては同水面の独占的使用を許可したものではない旨の条件を付して許可しているから、原告はその主張の如き独占的な使用権を有するものではなく従つてこれに対する侵害なるものもあり得ない。又、被告が訴外会社に対し同水面の使用を許可するに当つては、調査の上同水面が原告以外にも使用を許可する余裕のあることを確認し且つこれを公益上必要と認めた結果許可したのであるから、訴外会社に対する本件許可処分は違法ではない。更に又、右許可は被告の自由裁量に属する行為であるから仮にこれによつて事実上原告の利益を侵害したとしても違法の原因にはならないのである。

と述べた。(立証省略)

理由

被告が原告主張の如く、昭和二十五年八月十六日付を以て原告に対し同月十日から昭和二十六年八月九日までの期間、京都市左京区松ケ崎宝ケ池水面に船艇を浮游するための使用許可処分をなし、次で昭和二十七年二月二十六日付を以て同二十六年八月十日から同二十七年八月九日まで、昭和二十八年十月八日付を以て同二十七年八月十日から同二十八年十一月二十日まで、昭和二十九年以降は同年五月二十一日付、昭和三十年五月十七日付、昭和三十一年六月二十二日付及び昭和三十二年四月十二日付を以ていずれも右各年三月十五日から十一月三十日までの期間、それぞれ前記と同一内容の使用許可処分をしたこと並びに被告が訴外宝ケ池観光株式会社に対し昭和二十八年八月二十二日付を以て右と同一内容を有する本件許可処分をなし引続き昭和二十九年以降は同年五月十日付、昭和三十年三月十七日付、昭和三十一年六月十二日付及び昭和三十二年四月十二日付を以ていずれも右各年三月十五日から十一月三十日までの期間それぞれ前記と同一内容の使用許可処分をしたことは、いずれも当事者間に争のないところである。

そこで先ず本訴が所謂訴願前置の要件を欠く不適法な訴であるとの被告の主張について考えるに、成立に争のない甲第二号証の一、二、第四号証、第五号証の一、二、乙第一号証、第三号証を綜合すると、被告は原告に前記昭和二十八年度の使用許可処分をなすに先立ち同年八月四日原告に対しその使用条件として右許可処分は原告に「同池水面の独占的使用を許可したものでなく又私権の設定を許可したものではない」旨の条項を承認することを求め原告がこれを拒否するや同月三十一日付書面を以て原告に対し右条項を承認するのでなければ右の使用許可をしない旨通告したこと並びに原告は同年九月十日被告に対し右条項を除く他の使用条件はすべてこれを応諾する旨の請書を提出すると同時に本件許可処分に対して異議を申立てたけれども、被告から同月十四日付書面により再び前同様の通告を受けたため同月二十一日に至り同月十日付書面を以て前記条項を含むすべての使用条件を遵守する旨の請書を提出した上同年度の使用許可を受けたことがそれぞれ認められる。以上の経過に鑑みると原告が一方において異議の申立てながらその後右条項を承認するに至つたのは被告の強硬な態度に照らし原告が該年度の使用許可を受け得られないことを危惧した結果であることが窺われるのであつて、被告の主張の如く原告が前記条項を承認したことを以て直ちに前記異議を取下げたものと速断することは相当でなく、他に原告が右条項を承認するに際し同時に異議を取下げる意思を有していたこと若くは別個に異議を取下げたことを認むべき形迹はないのであるから、被告が原告の右異議に対し何らの決定をもしない侭三十日の期日を経過した後に至つて提起されたことが記録上明らかな本訴は適法に訴願前置の要件を充しているものというべく被告の右主張は理由がない。

よつて本件許可処分及び前記各許可処分が原告主張の如く継続的な性質を有するものであるか又は被告主張の如く期限附のものであつて既に終期の到来により消滅したものであるか否かについて案ずるに、成立に争のない甲第一、第四、第十三号証、第十五号証の二、第十八号証、第二十乃至第二十四号証、第二十七号証、第三十一号証の四及び第三十三、第三十四号証の各二を綜合すれば、被告は原告及び訴外会社に対しいずれもそれぞれ当該許可書に明記された期間を限つて宝ケ池水面の使用を許可する旨表示したことが明らかであつて右認定に反する証拠はない。右の事実に前記各許可処分の対象は船艇を浮游するための水面使用であつて、たとえ使用者がこれによつて権利を図ることを目的とするものであつたとしても本来の性質上必ずしも長期間に亘つて事業を継続しなければその目的を達することのできないものとはなし得ないものであることを併せ考えれば、右各許可処分はいずれも単にそれぞれの指定期間内においてのみ効力を保有し各終期の到来によつて既に消滅したものと解するのが相当である。この点に関しては原告並びに訴外会社がともに宝ケ池水面に船艇を浮游しこれを賃貸することを目的として設立された会社であることは何ら右認定の妨げとなるものではない。従つて原告が取消を求める被告の訴外会社に対する本件許可処分は既に消滅に帰した行政処分であつて本件訴訟はその対象を欠くものといわなければならない。よつて本訴はこれを不適法として却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤孝之 中島恒 中川臣朗)

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